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i-plugはグロービス大阪校の同期3人(中野・山田・田中)で立ち上げた会社だが、会社が大きくなるにつれ創業メンバーが抜けていくという「スタートアップあるある」に当てはまらない会社である。中年世代に差し掛かるにもかかわらず未だに仲良しな3人に、創業からこれまでを振り返ってもらった。
「起業する!」と決めたのはいつ?
中野: 学生援護会の子会社に入社して、その後インテリジェンスに吸収合併されたから、インテリジェンスにいてもこれ以上の出世は無理だと思ってて。そんな状況だったから起業しようというのは自然に思っていたなぁ。会社はヒト・モノ・カネだけれど、一番わからないのはカネ。ちゃんと勉強しないと会社を潰してしまうなと思って、インテリジェンス時代からグロービスに通い始めたんだよね。
山田: 僕は三菱電機の尼崎工場でネットワークエンジニアをしていたんだけど、2006年に東京に異動になって3年間東京に行くことになって、そのときに営業やマーケティング、ひいては会社全体が見えるようになってきて。そうしたら経営全般に興味が湧いた。でも自分より年齢が上の人たちがたくさんいて上が詰まっている状況で。40代後半になったら関連会社に出向して…という未来が来るのはなんとなくわかっていたし、それなら自分で!と思って、実は2009年にグロービス東京校を受けたんだけど落ちちゃって。で、関西に戻ってから受け直してやっとグロービスに入学。
中野: 東京で受かってたら出会ってなかったね!
一同: 確かに!
田中: 僕は起業する気はもともとなくて。外資系保険会社のアフラックで間接営業をしていて、入社3年目でガン治療の名医と一緒にプロジェクトをやったりして充実してたけど、同時に自分の能力の限界も感じていた。体系立てて経営を学んだことがなかったから、そういう力をつけるためにグロービスへ転職しようと思って。入社後、仕事しながら経営について学べる講座が受けられて社割もあったので、入学を決めた。だから全然起業なんて考えてなかったね。
奥さんに浮気を疑われる、マジメ朝活勉強会
中野: グロービスの学長堀さんとセッションする会というのがあって、その二次会で、本町のCAFE GARBで飲んでたんだけど、いきなり隣にいた山田さんから声をかけられたのが、山田さんとの出会いだった。ナンパみたいやな(笑)
山田: そうそう、起業の勉強会しない?って声かけてね。
中野: 平日の朝7時から新阪急ホテルの「レインボー」という喫茶店で、コーヒー飲みながらの勉強会が始まったんだけど、うちの奥さんには新手の浮気かと思われてたみたい(笑)ほんとに真面目に勉強会してたんだけど…
山田: 「プラットフォーム戦略」という有名な本があって、これが面白かったから中野さんと交互に読むという勉強会をやってたんだよね。それが終わった頃にノブさん(田中)も参加することになって。
田中: 僕はそのときグロービスに転職して2年目だった。1年目は、リーマンショックの翌年。営業しても全然ダメだったんだけど、2年目に入ったらこれまで動いてきた成果が出て提案書作りに追われるようになった。でも提案書作っても、上司に突き返されることがしょっちゅう。提案書に行き詰まるとグロービス内を徘徊する癖があって、ウロウロしてたら中野さんと他のグロービス生が「ビジネスプランコンテスト出るんだ」と楽しそうに喋ってたんだよね。うらやましくて声をかけて、ビジネスプランコンテストに一緒に出ることになった。
中野: 当時は今の3人以外に2人いて、5人のチームでコンテストに出たんだけど、その当時はCEOがノブさん(田中)で、CFOが僕、CTOが山田さんだった。今思えば、当時から役割分担してたね。梅田のDDハウスの地下のカフェで模造紙に付箋を張りながらやった。スペース貸しとか、イベントとか、教育とかいろんな事業案を模索してたな。
山田: 自分たちは社会人でありつつ、グロービスで学ぶ学生でもあった。学生のために何かやりたいという気持ちはみんな持っていたと思う。こんなに面白い授業を大学時代に受けていたら学生時代変わっていたかも、という思いがみんなあって、教育には興味があったんじゃないかな。
LINEが出て、バブルは泡と消える…
田中: その時は、Facebookが流行ってきているときだったから、学生向けSNSを作ろうって話が進んで。
中野: 学生はTwitterでわかるように、SNSで悪いことも書いちゃうから、負の部分を吐き出せるところが必要だと思って、6時間経ったら消える機能をつけた。今でいうSnapchatと一緒。「Bubble(バブル)」という名前をつけてた。
山田: 起業に向けて本格的にプランを考えていくために、今度は朝5時半から朝活スタートしようと決めたんだけど、そんな時間に開いているところなんてマクドナルドだけ。だから一回目の朝活はマクドナルド塚口店。でも「24時間」って書いてたから勇んで行ったら24時間開いてたのはドライブスルーだけだったという…!早朝開店前のマクドナルドの駐車場で3人の男が佇むというすごいシュールな光景だったよね、傍から見たら。そうして少しずつプランを詰めていって「Bubble」を世に出そうとしていたときに出たのが「LINE」。なんとApple Storeで1位になってた…。しかも当時登録したら500円もらえたんだよね。ハンゲームがやってると知って、資金力で勝てるわけないと思って、Bubbleのデザイン料5万円がまさに泡のように消えました(笑)懐かしいな。
中野: でも諦めきれないから、グロービスのベンチャー戦略の授業を受けたけど、そこでボロカスに言われて、それでも納得いかないから大阪の中小企業支援機関 産創館のビジネスプランコンテストに出てファイナルに残って、6人くらい声をかけてくれた人がいたけど、誰もお金を出してくれるわけじゃなかった…。それが、起業半年前の2011年年末。事業プランははじめから全然決まってたわけじゃないけど、みんな退職と起業の準備だけは進めてて。自分も卒業と同時に起業することは決めていた。年明け1月から学生を集めてキャリアディベロップメントプログラムの講座をやってみたんだけど、その時に講師役として来てくれたのが直木さん(現取締役)。今に繋がってるなあ
田中: 山田さんはそんな起業準備中に、奥さんおめでただったよね。三菱電機を辞めるっていうのに!
一同: (笑)
山田: そういうノブさんは?
田中: 僕は起業することをひた隠しにしてたね(笑)結婚した年にグロービスに転職したんだけど、その時に向こうのお義母さんに「大丈夫か」と言われて、起業するタイミングも息子が0歳のときだったし。奥さんには「新しい事業をすることになった」って言っておいた(笑)間違ってはないよね!?
一同: (苦笑)
営業開始20日間で事業転換
中野: とりあえず、お金を稼がないと!と思って、新卒向けの人材紹介事業を始めることにした。だから初の事業は新卒紹介事業。登記も今の場所ではなくて、自分の家で。自分の貯金と親からお金を借りて資本金作って…。(もう返し終わったそうです)
設立が2012年4月18日で、その直前にオフィスを西中島近辺で下見したんだけど、不動産屋さんにはまともに相手にしてもらえなくて、唯一オフィスナビさんだけはちゃんと取り扱ってくれた。そのオフィスナビさんの採用にOfferBoxをずっと使ってくださってるのも、本当に感慨深い。
田中: 4月から中野さんが会社を立ち上げて、6月に僕が入って、1ヶ月営業活動してみたんだけど、新卒紹介事業はほんとに苦戦した。大手の新卒紹介事業をやっている会社って営業の鬼みたいな人がいっぱいいて、その人たちが頑張って市場を作ったあとだったんだよね。直木さんもその中の一人(現取締役。当時はインテリジェンスで新卒紹介事業を立ち上げて事業責任者だった)。そんなところにスタートアップで入っていっても全然だめだった。
中野: 上位校の学生とのパイプはあって、学生を企業に紹介して、入社後の教育までやるというサービス内容を考えてた。ミスマッチをなくす、定着・活躍を支援するというのは今と同じだけど、アプローチが悪かったと思う。ノブさんなんか、東大阪のモノづくり企業を訪問したあと、あまりに話にならなくて公園で途方に暮れていたらしい。こんなスーパー営業が(笑)この頃、頭の中で危険信号が点滅してた。7月になったら山田さんも入ってくるのに、1年後ズタボロになった3人が想像できて…。
田中: というか、山田さんほんとに三菱電機辞めて来るのかな!?って半信半疑だったよね?
中野: うん(笑)
山田: いや、そのつもり!そのつもり!
200人の学生と100社の企業にインタビュー
中野: それはそれで、山田さんにやってもらうことがなくって、どうしようかなと…。そんなこんなで打ちひしがれてたときに、ピッチイベントに初めて行ってみたら、そこでオンライン学習のシェアウィズさんがピッチしてて、ああいうサービスが作りたいな~と思いながら聞いてて。「…やっぱこんなんじゃあかんわ!」と自分たちの事業のことを思っていたら、ふとアイデアが降りてきた。学生が企業からオファーをもらえるプラットフォームを作ったらどうかなって。そこからすぐに事業計画を書き直して、山田さんが7月になって出社してきたときに、「事業変えます!」と宣言して。営業開始してからここまでわずか20日間。
山田: えーーーーーー!?ってなったよね(笑)

でも全員受け入れて、役割分担して進めていった。ノブさんは学生ユーザー集めと企業への営業。資金調達は中野さん。僕は開発を。

田中: みんな新卒採用の知識がなかったから、とにかく聞くしかないか!と。営業しても誰も話を聞いてくれないから、約100社の企業に「どんな採用サービスだったら使いたいか、課題解決につながるか」をインタビューして、学生も200人くらいに協力してもらって「どんな就活なら使いたいか、役に立つか」をインタビューしてみた。その声と「オファー」をかけ合わせて作ったのが、OfferBoxの原型。
中野: 山田さんは、ネットワークエンジニアだったけど起業準備の段階から、Web開発の勉強もしてきたから、サービスの開発は山田さんとフリーランスのエンジニアの人に任せた。10月にリリースしないとキャッシュがもたないと思ったから大急ぎで。
山田: 7月に入社して、10月にローンチというスケジュールです(笑)
田中: 9月にはティザーサイトをオープンして、学生の登録が208人あってびっくりしたよね。しかも京都大学、大阪大学、神戸大学生ばっかりで!
中野: 9月13日に初めてメディアに載った。日刊工業新聞だったな。その後、10月に産経新聞、日刊ゲンダイ、毎日新聞と続けざまに。ここから一気にアポが取りやすくなった。このサービスは絶対伸びるから押し続けるしかないと思った瞬間だった。社員も増やしたしね。
山田: 中野さんの奥さんが社員第一号(今も社員として奮闘中)。設立から1年経った頃にはあと2人入社して、社員が3人になったけど、当時の社員は今でも活躍してくれてる。
9万円しかない口座。出られない四谷改札
中野: 一番のヤマ場はやっぱりお金の問題だったかな…。大阪府の受託事業に決まりそうになってたけど、そのためには6人採用しないといけなくなって。気づいたら口座に9万円しかなかった!…会社と中野家の口座合わせて9万円て!
田中: その頃、東京に営業に行ってて、お金がなくて四谷の改札が出られなかったことがあったな。オカンに「絶対使ったらだめ!」と言われてた奨学金返済用の口座から、ついに使ってしまった(笑)お茶も買えなくて、訪問先企業で出してもらう水分で水分補給するという…。
中野: 無事に受託できたからほんとに良かった…。でもそれでうまくいくかというとそうでもない。他にも問題が出てくる。ノブさんは営業活動でお金使うし、山田さんはそれを詰める。論理的、左脳的な思考の山田さんと、感覚的、右脳的な思考のノブさん。発想がそもそも二人違うけど、よくよく聞いてると同じことを違う言葉で言ってたりする。それを僕が媒介したりして会社の考え方をみんなで作っていった。
大手求人広告会社から買収話
山田: 社員の数も増えていたけど、サービスが急拡大するかというとそんな感じでもなくて、なかなかうまくいってなくて。なんとか食いつなぐぐらいの状況。そんなときに買収話があったね。
中野: 大手求人広告の会社から、OfferBoxを買いたい、i-plugを買いたいと申し出があって。新卒採用市場を変えたいと思ってやってるんだから、普通に考えたら大手の力があったほうが早い。社名も社員も経営陣もそのままでやらせてもらえるらしいから、もう「売る」と決めた。全員それでいいよって言ってくれたから心を決めて。
ところが家に帰って、寝て、翌朝起きたら「・・・やっぱり嫌だ!」って思ったんだよね。その日出社したときに「やっぱり売りたくないと言ったらどう思う?」って山田さんとノブさんに聞いてみた。
田中: あのときは、中野さん見てられなかったわ。個人でも借金してたし。
中野: 一番引っかかったのは、その大手企業の会長の考え方。「求人広告型のいまの就活が、学生の教育になっている」と言ってたけど、そうではないと僕らは思っていたから。もっといい形を作っていくためにやっている。そこがどうしても気になってしまって。で断ったら、うちの競合のサービスを買うからと脅されたよね(笑)
山田: 結局断って自分たちでやっていく道を選んだ。3期目は、学生ユーザー数が1万6,000人を超えないと、成長速度としてやばい状況だったけど、なんと2万人を突破。ここがひとつの節目だったかも。
中野: このままやっていくなら、ここでアクセルを踏むしかないと思った。企業と学生両方を増やさないといけない。そこで、インテリジェンスのエースだった直木さん(ここで入社)に入ってもらって取締役を増員。CTOとして青木さんが入社して、執行役員に
田中: TwitterとFacebookのターゲティング広告を初めて使ったりして、いきなり売上が上がるようになって、やっと単年で黒字化したね。
これからの挑戦
中野: グロービスで学んでいた当時から、やりたいことは何も変わっていない。3年で3割の新入社員が離職していると言われているけれど、新卒で入社して何割の人が入社した会社にちゃんとフィットして活躍しているのか。社会に出て活躍する人を増やすために、学生に対して成長を加速させるような教育事業をやっていきたい。
2-6-2の法則でいう、6割の学生にちゃんと使ってもらって価値を提供できるサービスでないと、世界は変えられない。ボリュームゾーンを動かすことこそが変革。僕らがやっていることは、いろんな人に共感していただいている。会社が大きくなっていっても、考えていることとやっていることが矛盾しないようにやっていく。豊かな人生を送る為に、多いに学び、多いに遊び、そんな成長を楽しむ大学生が多い日本にしたいと考えています。